2014年7月8日火曜日

クロスプレーンはなぜ2004年まで現れなかったか

http://www.yamaha-motor.co.jp/mc/sportsbike/yzf-r1/

以前、クロスプレーンについて
正確さを大幅に犠牲にして、素人への分かりやすさを優先して、
と断ったうえで、説明したことがある。

しかし、あまりにもいい加減なので
もう少し正確な説明を試みよう。

面倒な理屈なんかいらねぇという人は
以下の***で区切った部分を飛ばしてほしい。

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上死点では、ピストンは一瞬停止する。
次の瞬間、ピストンは下降をはじめ
次第に加速していく。

なぜかというと、クランクシャフトの回転により
コンロッドがピストンを引っ張っているからである。

このとき、クランクシャフトには
回転と逆向きの力がかかる。

やがて、ピストンが下死点に近づくと
ピストンの速度は低下しはじめ、
やがて下死点で一瞬停止する。

なぜ、速度が下がっていくかというと
ピストンが動きを抑えようとするからである。

このとき、クランクシャフトには
回転の正方向に力がかかる。

このように、ピストンの上下に伴い
正方向、または逆方向に力がかかる。

この力のことを慣性トルクと言い、
ピストン1回転で、正と負の力が同じだけかかるので
トータルで見るとキャンセルされてしまい、
バイクを前進も後退もさせない。

とはいえ、慣性トルクの大きさは、回転数の二乗に比例するため、
高回転まで回した場合、燃焼により発生するトルクよりも
慣性トルクの方がはるかに大きくなってしまい、
そのため凄まじいトルク変動が発生し、
燃焼により発生するトルクを埋没させてしまう。

GPライダーをはじめ、人間のセンサーは非常に鋭敏で、
この現象を実際に感じ取ってしまい、
慣性トルクという非常に強い雑音のために、
燃焼トルクという信号が聞き取れない!と感じている。

また、慣性トルクは短いサイクルで
正方向・逆方向の力が入れ替わりでかかるため、
タイヤにも正方向・逆方向の力が入れ替わりでかかってしまう。

特にレーシングエンジンは
フライホイールも軽量化されているので
この影響をぼかすこともできにくい。

素人目にも、これはタイヤグリップにとって
マイナスであろうことは、想像がつくというものだ。

クロスプレーンは、この慣性トルクを
4つのピストンが打ち消しあう位置にあり
事実上雑音がほとんどない状態になる。

ただし、この結果、爆発間隔は不等間隔になり
エンジン音は「カーン!」という高周波のものから
「ボー」とか「ベー」という感じの低く濁った音になる。

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不等間隔爆発の説明としては、バイク雑誌などで、
「不等間隔爆発だと、爆発間隔が広いタイミングの間に、
 グリップが回復するため、トラクションが改善する。」
という説明がみられるが、ホンダやヤマハの論文、広報資料などで、
その説明がされているものは、オイラの知る限りではみつかっていない。

不等間隔の効果は、従来からも知られていたが、
あくまでライダーのフィーリングのみで
マシンの戦闘力には影響しない、と考えられてきた。
(日本機械学会誌109(2006)p748-749参照)

しかし、1992年にホンダのビッグバンエンジンが出現し
「タイヤのスライドコントロール性が良い」
ことにより、ラップタイムを劇的に向上させたことで
一気に注目されることになる。

だが、2st500ccで得られたこの技術は
4stのMotoGPでは、すぐには採用されなかった。

理由としては、この技術は2stでは有効だったが、
4stでは不要だと考えられたことにある。

ビッグバンは、元HRCの吉村氏によると
「4stのような2stエンジンを作れ!」
という目標で開発されたので、
もともと2stより扱いやすい4stには、
この技術は不要と考えていたのかもしれない。

また、90年代のTT-F1、SBKのレースにおいて
V4とL4の差がみられなかったことで、
不等間隔爆発は4stには当てはまらない
と思われていた、ということだ。

なぜ、750ccでは差がみられなかったクロスプレーンが
990ccで有効だったかというと・・・・・
(ここから下も、面倒なら***の間は飛ばしてほしい)

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慣性トルクは、ピストンの質量に比例し、
回転数とストロークの2乗に比例するからだ。
ピストンの質量を、大雑把にボアの3乗に比例するとしてみると、

  慣性トルク=ボアの3乗・ストロークの2乗・回転数の2乗

ボアの2乗とストロークをかけたものは排気量なので、結局

  慣性トルク=排気量×ボア×ストローク×回転数の2乗

と考えればよい。

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これを元に、600、750、1000の各排気量で
スーパースポーツを販売しているGSX-Rを例にとると

同じ回転数での慣性トルクの大きさは
1000ccを1とすると、750ccは0.6、600ccは0.4となる。

最高出力付近では小排気量車の方が
回転数が高いので、少し接近して
1000ccを1とすると、750ccは0.86、600ccは0.6となる。

このようにリッターに比べて750ccでは
慣性トルクが小さくなり、
それだけクロスプレーンの有効性も低くなる。

これが、90年代のSBKで、不等間隔爆発の有効性が
証明されなかった理由であり、
04年のMotoGPまで登場が遅れた理由でもある。

さて、このように有効性が証明されたクロスプレーンだが
不思議なことに、ホンダのビックバンの時と違って、
その後、各社はこのクランク形式を採用していない。

理由の一つは、ヤマハが特許で押さえているから
というのもあるだろうが、
トラクションコントロールの進歩のおかげで
クロスプレーンの有効性が以前ほど顕著ではなくなった
というのが挙げられるのではないか。

ZX-10Rは、従来のシングルプレーンで200馬力を叩きだし
それに巧妙なトルク制御を加えることで、
スーパーバイク世界選手権で他を圧倒している。

こうなってしまうと、最高出力の点で不利なクロスプレーンは、
かつての5バルブと同様に、そのうち消えてしまうかもしれない。

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